何という世界になってしまったのでしょう。
日常の延長線上に戦争が起き、世界のあちこちで爆弾が飛び交うTV映像を目にします。
現地の人びとは泣き叫び、「私の子どもが殺された、まだ10歳なのに!」と訴えています。
胸がつぶれるような現実です。
そして今の私たちは、それに対して何もできずにいます。
「戦争を知らない子供たち」。
♫ 戦争を知らずに僕らは生まれた ♫
私たちが社会に出た1970年、フォーク歌手の北山修氏がこの歌を発表しました。
大ヒットしましたが、上の世代から揶揄もされました。
後に作家の堺屋太一氏が、第一次ベビーブームを「団塊の世代」と名付け、
1947〜49年生まれの私たちは、日本に新しい人口の波をつくりました。
小中学校では校庭にプレハブ教室が建ち並び、社会はこの大波に必死で対応しました。 1960年代の終わりには、70年安保改定騒動とともに大学紛争が起こり、
私はバリケード封鎖中の門を、受験票を見せて通ったことを覚えています。
長髪を整えて社会に出た私たちは、交通ゼネスト、労組スト、公害訴訟など、
さまざまな社会変革のただ中を生きてきました。
振り返れば、日本の高度成長はまさに「日本の青年期」でした。
「24時間戦えますか!」というドリンクメーカーのCMもありました。
ビジネスマンは社会の戦士であり、マドンナ歌手は優しく抱擁してくれる。
懐かしい時代です。
私たちの世代は戦争こそ知らないものの、
「自由と民主主義」の空気の中で、当たり前のように育ちました。
今の子どもたちが、生まれたときからスマホがあるように、
私たちにとっては自由と民主主義が“標準装備”だったのです。
家庭科で習った裁縫やボタン付けを家でしていると、
年老いた父が感心していたことを今でも思い出します。
なぜ感心しているのか、当時の私には分かりませんでした。
男女同権など当然のことだったからです。
しかし今、世界は狂い始めたように思えます。
この「自由と民主主義」が蹂躙されていく現実。
とても受け入れられません。
毎日、この不条理に押しつぶされそうです。
戦争を知らない団塊の世代であっても、民主主義の価値は骨身にしみています。
けれど私たちは老いました。
来年には皆、80歳を迎えます。
民主主義の中に生まれながら、その衰退を見て、
私たちは社会から静かに姿を消していくのでしょう。
日本の青年期を全力で駆け抜け、戦争のない民主主義の時代に生きられたこと。
人生にはいろいろあったけれど、達成感とともに「楽しかった」と思えます。
日本に生まれた特殊な大きな世代の波は、まもなく静まります。
医療費の増大も、やがて昔話になるのでしょう。
次の世代に何も残せなかったことだけが、唯一の心残りです。
以上
